行知学園日本語学校に『心理相談室』を設置 ~留学生の心理支援への試み~

行知学園株式会社(本社:東京都新宿区 代表取締役社長:楊舸)は主に中国人留学生を対象とする大学・大学院への進学塾、および日本語学校を運営する会社です。

今回は、行知学園株式会社 行知学園日本語学校 専任教員・心理カウンセラーの粕谷真由美より、「心理相談室」のカウンセラーとして日々学生達と対峙するなかでの苦悩や実現したい思いについてお話いたします。

行知学園日本語学校 専任教員・心理カウンセラー 粕谷真由美

2021年3月12日、行知学園 日本語学校の卒業式が行われました。新型コロナウィルスの影響で学生たちはやむなくオンラインで授業を続け、ようやく入国できたのは10月も半ばを過ぎてからのことでした。それからすぐに受験に挑み、見事、合格を勝ち得た彼らですが、例年にも増して留学生の不安やストレス、プレッシャーの大きさは想像を絶するものだったに違いありません。

留学生のメンタルヘルスの問題は今日多くの日本語学校が抱える課題ですが、大学における留学生支援が整備されつつあるのに対し、半数が民間企業の運営である日本語学校は政府や自治体からの支援はなく、専門のスクールカウンセラーの導入は難しいのが現実です。そんな中、行知学園では2018年4月より心理相談室の設置に踏み切り、私は行知学園日本語学校の日本語教師・心理カウンセラーとして勤務することになりました。

行知学園日本語学校の心理相談室

心理相談室を訪れるようになった留学生たち ―

心理相談室での私の仕事は、『カウンセリング・心理アセスメントと分析・学生管理をしている教職員への橋渡し』が主な業務です。相談室開設当初、気軽にカウンセリングに訪れる学生は少なかったように思いますが、最近では「ADHDと診断されたことがある」「来日前から鬱病の薬を飲んでいた」「睡眠薬がないと眠れない」「病院に連れて行ってほしい」などと、自ら症状を訴えてくる学生が増えてきました。

来日して日が浅い日本語学校の学生たちはコロナの影響でモチベーションが維持できず、常に不安や焦り、憤りを抱えるストレスフルな状態になっています。また、日本語学校の学生は、2年という在籍期限の中で、一定水準以上の出席率がなければビザの更新どころか帰国も余儀なくされるなど『出席率・成績・親の期待』という三大プレッシャーを背負い、これらの規制が異文化ストレスを増幅させているともいえます。中には、遅刻の原因を『心の病』に責任転嫁する学生もいますが、これは、病気も逃避も自分の心を守るための“防衛機制”の一つなので、カウンセラーとしては、それを単なる『甘え』と判断せず、まずは共感して受け止めています。

そして学生が本当に鬱状態なのか、『心の病』に逃げているだけなのかを見極めるため、本人へのカウンセリングや心理アセスメントに加え、担任や中国の親御さんとの橋渡しをしてくれる中国人スタッフとの連携にも力を注いでいます。教職員やカウンセラーが一丸となり、学生の小さな変化やSOSに気付くことが大切なのです。

志半ばで無念の帰国をした学生とカウンセリングの難しさ ―

進学意欲の高い学生が多く在籍する行知学園では、相談室では「もう、これ以上頑張れない」と弱音を吐きつつも、結果的には志望大学に合格し、日本語学校を卒業していく学生が大多数ではありますが、今回は、何度もカウンセリングを繰り返し行ったにもかかわらず、大学に送り出してあげられなかった、私にとって最も忘れられない学生であるAさんについてお話したいと思います。Aさんは、医学部志望の優秀な男子学生でした。しかしながら幻覚症状が出始めて、急遽ご両親に来日してもらうことになりました。ご両親を交えてのカウンセリングで過去の出来事がフラッシュバックしたのか、抑圧されていた感情が爆発したかのように、突然、両親へ罵詈雑言を浴びせました。息子のそんな姿を初めて見たのか、お母様は号泣していましたが、お父様は「初めて息子と本音で向かい合えた気がする」と涙ぐんでいらっしゃいました。Aさんも「先生、親に言いたいことが言えてよかった、ありがとう。」と最後は笑顔で帰宅しました。しかし、安心したのも束の間、翌日には、“両親との涙の和解”などすっかり忘れ、別人格になってしまったAさん。医師からは、『親と一緒に暮らすか入院するか』の決断を迫られ、結果的に、ご両親と帰国することになったのは、私がクリニックに付き添ってからわずか2日後のことでした。私が心の異変を指摘しなければ・・・精神科医にリファーしなければ・・・常にそんな罪悪感や不安に苛まれ、また私自身も、スーパーバイザーのカウンセリングを受け、セルフケアに努めています。

後日、北京の病院で治療し、再び日本の大学受験を目指しているという一報を受けました。今度こそ、夢を実現させてほしいと心から願っています。

日本語学校における留学生のメンタルヘルスケアの可能性 ―

留学生の母国語で対応できる心理カウンセラーの雇用は困難ですが、日本語学校には、初級クラスでも会話やコミュニケーションの授業を成立させている、日本語教師という“日本語のプロ”がいます。使える語彙が少ない留学生の言いたいことが理解でき、留学生の心に寄り添えるという面では、専門の心理カウンセラーより優秀かもしれません。また、行知学園においては、学生が全員中国人であるため、多くの中国人スタッフによる手厚いケアができることが強みです。心理療法や臨床心理学の理論に基づいた心理的アプローチはできなくても、傾聴し、共感することはできます。

私は、“行知学園のすべての教職員がカウンセラーになれる”と思っています。そして、行知学園の全部署との連携はもとより、他の日本語学校との情報交換や勉強会、さまざまな業界の方たちとの交流を通し、留学生支援の一助になることを目指しています。

勉強会で講演中の粕谷

現代中国における学生たちは、自己決定や対人関係のありようを身につけることなく思春期である中高時代を過ごした学生が多いといえます。そのような、まだまだ親に甘え足りない思春期に、半ば強制的に親離れさせられて来日したものの、異国での生活不安、さらに母国にいる両親からの期待など、プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、精神的に不安的な日々を過ごしているのです。

学生たちは、“太くて強い大木”になり、受験に打ち勝とうと頑張っていますが、心が折れないためには、“柳のようなしなやかな強さ”でいてほしいと願います。そして彼らの周りにいる私たちが、その若い柳を支える支柱の役割になり、寄り添っていきたいと考えています。

 

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